笹組のモノづくりの根幹と使命

佐々木康二筆 2019.1.1

 

今年新年号に変わる2019年5月1日を迎え、新たにこの年を笹組にとって 

改めて理り(ことわり)を知り、心創りと使命を明確にする元年とし “創理元年” とする

 

私は平成という時代に開業(1998年5月25日開業)し、商いをさせて頂いてきた。

そして2019年春をもって平成が終わる。

私は、一人の経営者としてこれを機に新たな時代を迎える用意をしなくてはならないと考えている。

笹組各店舗オーナー様も同様である。

古い時代の考え方のままでこの時代を乗り切れるとは到底思えない。

今一度、これまで20年間どういう意識で笹組を運営してきて、

この先の笹組の使命と目標を明確にさせたいと思います。

 

  • 孫正義氏も語っていましたが、

人類20万年の歴史の中で、産業革命を機に1860年代に農業社会から工業社会へとシフトした。

日本でも士農工商が終わり、明治維新を機に工業社会に移り、明治5年から義務教育が始まった。 

いわば工業社会とは人体で言うとこの“骨”だけだった身体に「筋肉」を付けたということになる。

そして1990年頃からは頭脳革命が起き、日本は電子立国となり、情報社会へと移り変わり、

人体で言うとこの「脳」を付けたわけだ。

もうおわかりだろう、 要はたったこの30~40年で人類は“100万倍”の進化をしたのである。

ということは、これから向こう30年間も100万倍のスピードで進化をしていくことは間違いない。

現在私たちが習った教育論は、産業革命の為の物であって、現在では当てはまらないし使えない考え方が多い。

未だ日本は“モノづくり日本は組み立て業” だと思っているが、この50年で給料は10倍になっていることのつじつまは合ってない、従ってこの矛盾社会は終わりを告げることとなる。

本当の日本のモノづくりの素晴らしい部分は、クリエイティブな部分であり、組み立て業ではない。

この “創理元年” を機に、現在の私達がしていること、やってきたことを明確にし、

弊社のこれから先の方向性と、私達がすべき世の中における使命を明確にしたい。

ただ10年後は何をしているか??といった不確かなものではない、なぜなら5年後10年後の未来なんてわかるはずもないし、予測も立たない。10年前に2019年はこうなってると予測できた人間は誰もいない、だから意味がない。どういう考え方、どういう方向性に基づいて、今目の前をどう生きるかと言うことが最も重要にすべきである。 過去を悔やまず、未来を恐れず目の前の事に一生懸命取り組むことが、明るい未来を創る唯一の道である事は明白である。

 

 

  • 吉田卓郎の詩

古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろ

古い船を今動かせるのは 古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も 新しい船のように新しい海へ出る

古い水夫は知っているのさ

新しい海の怖さを

 

いつまでも、これまでの価値観が通用する訳もなく、

いつの世も、常に変化し続けなければ、取り残されるのが世の常です  現状維持=後退
新しい時代をワクワクして待つ為には、プランを持っていないと、ただの“昭和生まれのおっさん”で終わります。

 

 

★★★笹組の存在価値とは★★★

私達が捉える “笹組レストランの存在価値” は、

行くたびに、季節を感じる安心感料理8:驚き料理2の割合の料理があり、

スタッフの対応が心地よく、粋な心配りがあり、圧倒的なホスピタリティー(気付き)で、しかもお店の雰囲気を含む

トータルの満足感がお会計以上の価値があると感じてもらえる特別な存在であり、お客様の人生において不可欠な

存在であり続け、かつ必ずお客様&働いている者 の双方の人生の役に立っている店である事。

おなかを太らせる満腹感ではなく、アーティストのライブの帰り道の様な満足感を追い求め、必ず笑顔で接客をする飲食店である事。

※現に2018年の昨今、CD売上は軒並みがた落ちだが、各アーティストLIVE売上は年々動員数、売上共に上昇傾向にあるのがその例だ。

 

 

 

 

 

 

 

★★★笹組人の心・技・空間の心得★★★

今私がやっている仕事・出来ている技術は部下・仲間に伝承し遺伝子を残す事、
そして常に同時に ”誰もはできない技術” ”私にしかできない仕事” が出来る様日々研鑽をつみスキルアップをはかる。
それでいて、本日も最上級に研ぎ澄まされた作品、空間をお客様に提供する事。
各々自分自身に希少価値を持たせる事!

 

しかしながら、未だ私が描く理想のレストランには至ってないので、既存店の改良・改善を重ねつつ、

新たなコンセプトの笹組レストランを出店する事で、お客様をもっとこの街で楽しませたいと思い、創っている。

 

もしかしたら生涯 納得できないのかもしれない、、、

 

 

どの家庭でもある、奥様が家族の為にご飯を作ってくれるのとは違って、

飲食店は料理を純粋に楽しんでもらう為だけでなく、原価やら利益やら類似店との競合性や比較、などなど

お金が絡むから ”俗”になる。 この金額に対してこの料理は対価か? などと。
現にもし広島市に外食産業がうちの店1軒だったとしたなら、法外な客単価30万円だったとしても、誰かは来てくださるでしょう、
比較対象がないから。

 

“俗”になるとそろばんを弾くだけの業務になりがちなので、

それをお客様に 「この従業員さん、仕事だからやってんだろうなぁ、、、」

なんて思われたら、お金を払う魅力も価値もないレストランとなる、従って

感動して頂けるレストランにすべく諸々の仕掛けと料理を企て、大前提に笑顔で、心を満たすレストランにならなければならない。 ここで言う仕掛けとは、私独自の “人間の行動導線と錯覚” を意識し緻密な計算をして、

独特な店舗内導線、照明計画、目線の誘導、立地条件、ホスピタリティマニュアルを作っている事を指します。

 

献立を作る時はまず、プロではなくアマチュアの精神で作らなければ、美味いものは作れない、絶対に。

これは非常に大切です。 アマチュアの精神で物を作るという“精神・姿勢”の事を言っているのです。

具体的に言うと、 “毎日あがく” ということである、 

料理の事なら、お客様の手元に届く寸前の最後の最後まで、 またお客様が店を出る最後の最後まで 

「まだ何か私がこのお客様に出来る事はないのだろうか?? これが本当に最善の料理なのか? 

もっと美味しくならないのだろうか? 温度は適正か? もっと隠し包丁入れといた方が良いのではないか?」

といった姿勢と行動が大切です。

 

茶室をイメージしてみてください、

茶器は良いけど、掛け軸がだめだったり、お茶は美味しいけど、生けてる花がトンチンカンだったり、

1個ダメなら、その全ての空間、お茶もダメになるのと同じで、

店全体のチームスタッフで作る総合演出が素晴らしくないと料理だけ美味しくても、どうにもなりません。

日本人は、ホスピタリティにドーパミンが出る民族だそうです。

心からの“ありがとう”を頂くために

笹組は、ホスピタリティを最も大切にしてきた飲食店で、

これからもホスピタリティを最も重要とします!!

 

極端過ぎる例として、 たとえばです!

私個人的は、幅広い年齢層から受け入れられ無難に売れる曲、売れる脚本って、なんとなくリズムと曲の長さと抑揚などセオリーが決まっていると思っているので、売れる事だけを目的としている作詞家や脚本家はそこに歌詞や言葉をうまいこと当てはめる作業ばかりする、そればかりしているとどうやれば売れるかわ解ってくる、

しかし面白くもなんともないけど売れるからそれをやるという選択をする一部のプロはいる。
売れる為の飲食店のハードとソフトを作るのも同じ事です、そればかりやっているので上手なのは当然です。

しかし、東京ラブストーリーと同様のストーリーの脚本を2019年に書いたとして、

確かに一部の視聴者からは安心感があってロマンチックなトレンディドラマだ、

視聴率もそこそこ良いのでそれでOKだよとたとえ言われたとしても、 

私自身それで本当に楽しいのだろうか?? そんな人生で充実感はあるのだろうか??

 

自分自身の今まで取り貯めておいた頭の中の“たらい”と言う名の記憶内ストックの中から、

これが過去受け入れらていた、こんなのが流行っていた、こうしたら儲かったことがある、

といったアイデアや料理という名の水を注ぎ込んで、

さも革新的な料理やアイデアかの様なドヤ顔で作る。 

これで本当にプロなのだろうか?? 

しかもそれはどこかの誰かに教わった料理、ネットや本で見たパクリデザインではないか?  

それを利口に都合よくつなぎ合わせただけではないか?

まぐろの刺身は私が考えた料理なのか? メバルの煮付けは私が考えた料理か? 

決してパクる事が悪いことではないが、

挙句の果てにはそれらを用いて作り上げたものを 

“あの人の集大成”なんて言われる。 

ただそれは、 

“自分自身の未知なるアイデアの泉” が枯渇している証拠ではないのか?

 

この仕事を人生かけてやり遂げようと心に決めているのなら、

パくるだけではなくなぜこうすると美味くなるのか?

こういうデザインはなぜ心地よいのか?

の理論を理解したうえでオリジナルに進化・変化させて世に出さなければならない、デザインも料理も。

ホタルイカに酢味噌以外を試したけどやはり酢味噌が一番合うと認識したのならいいんです。

基本を体に叩き込んだ上で、未知なる新しい料理、仕掛けを考え、それを実践し、

自分オリジナルを創り出すことが本物のプロなのではないのだろうか??

 

 

私達の業種でいうなら、立地、坪数から拾う施工費、人件費、相場観がなんとなしに決まっていると思ったら、

何となくこうしたら儲かるんでしょって感じで内装も料理も作るが、

蓋開けてみたら、儲かるには儲かるが、やはりどこか見たことある様な飲食店だね、そんな面白くはない店だよね、

となるのと同じではないでしょうか?

食べログのランキング上位の料理・内装画像と、クックパッドがあれば大体の料理と内装デザインは出来ます。

 

そんな精神では、当の本人が心から面白いと思える店は出来ないし、前衛的でもないし画期的にもならない。 

少なくとも“世の中で私にしか出来ない物”とは程遠い、ましてや人生かけてやることじゃないですよね。

ひと昔前の料理屋だよね、と言われてはダメです。

毎日毎日 “こういう料理店でありたい” という強い想いを曲げず忘れず、

自分の想う理想のレストランに近づける事のみに集中する、もちろん他人任せ、部下任せではなく自分の手で!!

例えば焼肉屋をするのであれば、焼肉店の繁盛店を目標・参考にするのではなく、

寿司屋とか老人ホームとか別業種のこの施設のここが僕的には面白いなぁと思う店を参考にし、

自店にそこの良い部分を自分なりの解釈に変換させ、

よりクリエイティブなオリジナルに変えて実践に落とし込む方が望ましい。

 

 

そして、料理作ることが好きなのは良いが、大好き過ぎて独りよがりになり、木を見て森を見ずになっては困る、

従業員様という大切な人様を預かっているという意識、

ここへ勉強の為に来ている他人なのだ、この人は生活の為に働いているのだ、

といった個々の様々な事情と目的をきちんと理解し、

その為に弊社に入社してくださっていることを強く認識しなければならない。 

部下は奴隷でもなければ親兄弟でもない。

料理を嫌いになれというわけではなく、

個人の感情を押し付けず分別をつけて目的を理解し一緒に働かないといけないという事。

もちろんそれを言う私も、笹組の佐々木康二と、個人の佐々木康二とは別の脳と場所で生きています。 

務めてそうするようにもしています。 全く別人格です!!

だからこそ、少なくともこの社会に飲食店のプロとして生かされている責任とプライドの為に、

この店がないと私(個々)の人生は楽しくなかった、この店がある事で物事の考え方が変わった、

この店で働く事で飲食店の捉え方が変わった、

幸せだった! と、双方思える組織作りと使命を持って、

レストランは “エンターテイメントだと心から捉える事” です。

楽しくなければレストランではない!! と言い切ってよいです。

これが本当の共存共栄だと思う、私は。

 

 

補足すると、よくある上司の言葉で、

「仕事を楽しんでるか?楽しんで仕事しなきゃお客様も楽しくないよ!」

と言うやつがいるが、

部下である彼らからすると、楽しめる環境にしておいてくれよ!!でなきゃ楽しめる訳ないじゃん、

そもそも楽しんで働ける環境か?ここは

それを言うあなたは(店長自身や先輩)お客様を楽しませたい、ご自分も楽しみたい為の努力をしているのですか? 

僕も店長みたいになりたいなぁ~、と思わせてくれよ!! 

昔の板前は・・・とか、俺が見習いの時はこうだったとか、
そんなのどっちでもいいんだけど、、、、、

こういう環境では話になりません、

良い環境は上司や店長が作っておくのが現代の職場の常識です。

 

 

笹組が作りたい店は、

マニアックという意味ではなく、多数派レストランか少数派レストランかと言うと少数派の為のレストランでありたい。

人様の心を満たすレストランを創る時には、あなたはこんなことされたら喜ぶでしょ?

こんな料理が好きでしょ?といった直接的な薄っぺらい表現では伝わらない。 

心地よい事を単純に伝えても、薄っぺらいので心からは感動しないし、すぐ忘れられる。

「また来てください!」とレストランサイドが伝えたい時は、

例えですが、想いを寄せる男の子に 「私はあなたの事が好きです」 と伝えたい時と似ていて、

“好きです”と言葉で言うより、しぐさやその周りの背景を埋める事で、

この人は私の事が好きなのかな??と感じさせ、考えさせ、

必然的に“好き”と言う文字が浮かび上がる様な行動・言動にすると、最も相手に伝わるというのと同じで、

こういう伝え方が有効であると考える。 

(笹組レストランなら、このお客様は右利き左利きかを即座に認識し箸置きの向きを黙って変える、

前回と違い今日はどの席の方がゲストで誰がホストなのかの判断とそれを全スタッフに共有、

前回とかぶらないようなオーダー取り、

女性にさりげなくひざ掛け、会話を途切らせない料理提供、合間合間で室温確認、

一見様と常連様がスタッフの受け答えでわかる様な接客はしない、

ただ目で“いつもお世話になります”という心を伝える、

もし次の料理やお酒はお任せするわと言われても即座に返答できる会話を準備しておく などなど)

 

作者の都合で物語を作ってはダメ、お客さんの都合で物語を作る事、エゴや勘違いで人を巻き込んではならない。

“このお客様は私達の店を必要としてくださっている、だから私達はその期待に120%で答える準備を常にしておかないといけない” その部分だけが社会と私達がつながっている唯一の部分です。

でないと、エゴだけでやっていたら この社会にプロとして存在している責任はどこにあるのか?と言うことになる。

 

とはいえ、みんな個々にやりたいことはあるので 

「その店側のエゴとお客様の欲」 そのエゴと欲という誤解と誤解の重なり合う部分だけが感動を生むと思っている、

その部分に対してだけクリエイティブ料としてお金を頂いて良いのだ、と私達笹組は認識している。 

我々は隅々まで、遊び心とユーモアと緊張感と程よいタレント性を保つ事でエンターテイメントを持続させる。

全てお客様の希望をなぞった店やキャラにすると、

2週間で飽きられてブランドにならなくなることは1丁目1番地、当然なので避ける、

この日は、この店この人の料理を、この接客を受けながら、

この空間の中で過ごす事で楽しい食事の時間にしたい!! 

数万件ある飲食店の中から、今日は笹組のこの店にしよう と選んでくださり、

ここにたどり着くまでワクワクする気持ちを抑え、頑張って働き、化粧と洋服を整え、

お腹と心をすかして御来店頂いているという、

とてつもなく大切で奇跡的な時間である事を軽んじてはならない。

 

 

お客様を飽きさせない為の戦略は、ジャニーズ戦略、ディズニー戦略にも通じるところがある、

これはあくまでも私の個人的な見解なので、これらの企業様はそれが狙いでも戦略でもないかもしれないが、

ディズニーは、年代・性別によってミッキーが好き、スターウォーズが好き、プーさんが好き、アナ雪が好きとあります。

ディズニーサイドは一定の時期時期で新キャラクターを作り出し発信し売り出しにかかります、

その少し前にディズニーパレードで日々前面的にこのキャラクターを推し出し新たなファンを獲得します。映画も作ります。

その時主役系のミッキーやドナルドは少し控え目に見えるが、

衣裳やイベント内容などでマイナーチェンジを繰り返して、根強いファンも飽きさせない努力をしています。 

ジャニーズに置ける、光GENJIや少年隊、SMAP、嵐、キスマイの売り方も同じくです。 

ジャニーズのどこかのファンになってもらうことで会社全体が盛り上がる戦略な気がしています。 

高い安いではなく、私の好きなキャラクター(グループ)が、あの会社のどこかしらにあるという戦略です。 
(※ジャニーズのコンサート、グッズに価格の差はありません、ディズニーもアトラクションごとに料金が違うとか無い) 

 

この様にして、固定ファンも飽きさせないが新たなファンも作り続けているから、あらゆる年齢層の男女が魅了される。

笹組でも、にかいのおねぎや笹木、中島康三郎商店などの古い店は、良い仕掛けや安心感のある料理は継続しつつ、

古いと感じる仕掛けや料理はマイナーチェンジや改装してフレッシュ感と安心感を常に融合させる、

そして新たなキャラクター(新店舗)を定期的に開店し世に出す、それを前面的にグループで推し出す。

(ちなみに、チャンスがあればディズニーランドで試してみてください。 
灰皿の灰を回収するごみ回収担当の中年男性スタッフさんに聞いてみたことがあります、
「ポップコーン買うにはここから一番近いとこはどこですか?」と尋ねると 
その中年スタッフは、笑顔で
「ここからまっすぐ100mほど行って右に曲がったとこにあるのがキャラメル味、
反対の道を下って左にあるとこはホワイトチョコ味、
そこからまっすぐ行ってトイレ手前はバターしょう油味です。 
私はシンプルに塩味が好きですが、ここからは遠いですので、
もしお子様と食べられるならキャラメルがおススメですよ、行ってらっしゃいませ!!」

と答えました。
びっくりします、末端のスタッフまでお客様を楽しませようとする姿勢が行き届いている事に驚くはずです)

 

話それましたが、

要はお客様からは笹組は、
“いつも何かしら変化し続けているというイメージ”
“定期的に新しい何かを出してくるというイメージ” 

この2つを最上級のクオリティで創造し実行している会社だなという印象を持って頂かなくてはならない。 
なぜなら、私たちが目指すレストランとは、

ディズニーランドに行くことを楽しみにして日々仕事や学業を頑張っている方々、

嵐のコンサートを見に行くために数週間前から心の準備をしている方々と同じで、

笹組レストランに予約して、数日前からそれを楽しみにしていてやっとこの日が来たというお客様です。

笹組はお腹を満たすのではなく “心を満たすレストラン” でなくてはならない。

 

この舞台に一人のプロフェッショナルとして私達は立っているという事を重大に思い、

今日がダメなら次の御来店はないのだという絶対的緊張感を持ち、

毎日を命がけで臨まなければならない。

 

こうなりたい、その光を浴びたい、この世界で一旗あげたい、

成功したいと心に決めてこの世界に飛び込んでいるのだから、

少々の不自由は仕方ないし、しんどいはずである。 

強いて言うならこの仕事で生計を立てれていることを喜ばなくてはならない。 

しんどいけど “人様に喜んでいただくことを生業” として、飯食ってる人は仕方ない。

飲食店勤務者すべてに言えることは、仕事に対する“報酬”は、“仕事”だということです。

また来てくださる事が報酬なのです、給料ではないんです。 

 

最後に、私は笹組店舗を作る時は、

過去これまでの時代の経過を客観的に見て、それを書き出し、

今までの笹組レストランの問題点や足りないとこを補う作業をし、

それにプラス20%画期的な要素を加えて新店舗を立ち上げます。

単純にそれがソフト面の設計図です。

前衛的な部分を2割、過去の経験から間違い無いというコンテンツ8割で、 

さも新しい斬新なレストランかの様に見せて、安心感とエンターテイメント感のバランスをとっている作業です。 

アイデアが降りてくるとかは私にはないです!!

 

私は、日本はロリコン文化だと思っているので、いつも早いもの(目新しい物や事)が好きで、すぐ飽きる。

従って、常に若者と共存し、共に刺激し合い、認め合い、新しかったものもすぐに古いと言われるので、

使い捨てにせず古いと言われない様に現代に合わせ、ある程度調整していく温故知新の精神を持つこと。

 

 

 

私は最終的には “究極の大人の遊び場” を作るのが本当の夢で、

未来の人が聞いたらあの人は忍者だったのでは?と思われたいという淡い欲望を持っています。

 

 

高杉晋作の辞世の句・・・・・    

おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり

(面白くない世の中も面白くしてやろう、自分の気持ちや考え方次第で、

人生は面白くもつまらなくもなるんだよ、、、と言う意味)

 

結論  

まず、今の現実を知ること。 

これをやっいてれば食いっぱぐれがないというものはこの世にはもう存在しないという事を知る。

日本全域(世界中)がグローバル化社会です。 日本が貧乏だった時代の事はお客様誰も知りません。 

その後の高度経済成長期でも今はありません。 常識は1年単位で変わりゆく時代です。

お客様のほとんどがスマホ、インターネットを使っており、インスタ、ツイッター、などあらゆる情報源があり、発信もしているという事。 どんな店がどんな価格帯でどの様なサービスを受けているかお客様皆様 知っているという事。 

飲食店全てその比較対照の中にあるという事は

少なくとも店側はこの情報社会において瞬時にこれらを把握しておかなくてはならないという事。

IT企業に限らず、頭の良い飲食店はすさまじいスピードでこれらを網羅し一部参考にし、

献立、システム、サービス、見せ方など新たな挑戦を日々しているという事実。 

これは良い!ともうものはすぐさま取り入れているが、

そのままパクリはせず、自分なりに噛み砕き進化させて実行に移しておられます。

クレームや失敗があった時は、その日その場で打開策を講じ、再発防止を即座に徹底する。

そして、大前提に、食品を扱う職人・職場は、とにかく清潔感(厨房内、客席の清掃、制服の美)が行き届いている事!! そして、年配男性スタッフであろうが学生アルバイトであろうが関係なくいかなるスタッフも気持ちの良い挨拶ができている事がまず第一。 

上記は当然であり完璧であることがまずベースであり、

そして、この町、この国に必ず必要だ!とされるレストランである事。

笹組は、

人の心を追い求め、人の心の中に住民票を置き、お客様とスタッフ全員の生活と心のより所が笹組だ 

と思って頂けるよう日々貢献と勉強を欠かさず これから突き進んでいきましょう。  

 

創理元年  佐々木康二

 

 

 

 

 

※追記

質問があったので補足しておきます

 

Q.はやりを追っても意味がないし追うな、しかし昨今の流行を常に把握しておいて、随所に反映しなければならない、
とは???

 

 

 

A.例えば最近は、

○○鍋が流行ってる、

○○飲みが流行ってる、

○○映えを意識しないといけない、

液体を何でも○○にする傾向がある、

ソースを○○状にする傾向がある、

皿の端っこにアートっぽく盛る傾向がある、

などなど

 

 

 

これらは、すべてではないが一時的な流行もあるので
こういう時代なんだねぁということだけ把握をし、
この中でも理論的には今後スタンダードになるものもあるので

まずなぜこういう物や料理や技法が流行ってるかの”理論”を考える。

知らない、と言うことが一番の問題です。

今まで長年続いてきたオーソドックスな調理技法が美味い事が多いのは事実だと思います。

ただ、これはこういうもんでしょとルーティンになるのが問題なのです。

 

 

刺身には醤油を付けるのが一番うまい、それは解かります。

でもそれはなぜなのか???

 

ぶりの刺身に醤油を付けて食べると人はなぜ美味しいというのか?

ぶりのうまみ成分(酸)と、醤油の酸と塩分につけるとどうしてうまくなるのか?

ぶり、貝、白身、赤身、寿司、魚は魚でもそれぞれ全く違う旨みや酸、脂の量も香りも違うのに、

なぜ同じ醤油で提供しているのか? (変えてる店ももちろんありますが、例えばです)

これって本当に最善なのか??

昔からこれにはこうすると美味い!という既成事実は本当に正しいのか?

なら、なぜそうなのか??を紐解く作業です。

 

と言うことは、

そのままぶりの刺身出してもいいが、

それでは当店でないと食べれないものではないなぁ、、、

でも創作料理やインスタ映え料理にしてしまっては、やりたいこと、美味い物にはなんないなぁ、

 

ぶりは脂も多いので醤油につけて食すより、

あらかじめ醤油で和えてしまって臭みを少し軽減させて(もしくは炙る? もしくは醤油に漬けこんでおく?)

臭み消しの野菜(いいえ、今日は少し身が弱いのでおろしたて大根おろしがいいかも)

それに磯の香りを加えたいので焼き海苔、いいえ、塩昆布?と食感のある梅で和えてみよう、

いいえ、辛みの強い太めのねぎの方がいいかも? いいえ、三つ葉の軸の方が辛みも少ないかな?

これらを和えて、最後にお好みで本わさびを付けてもらおうか?

いいえ、ここは生の西洋わさびの方が甘みがあるのでそうしてみよう!

 

今日は少し気温が高かったので、隠し味にスダチをちょびっと絞ってさっぱり香りをつけよう。

まてまて、素材の良さが消えてしまう調理工程になってはいないか??

よし、やはりこれとこれは入れるのをやめて、ぶりを大きく薄めに削いで空気に触れさせて酸化を促進しよう。

 

おぉ、煮物のブリ大根が美味くなるのと同じ理論要領だなぁ、なるほど!!

そしたら、ブリ大根にも少し柑橘を絞っても美味しいかも、いいや柚子を削るくらいがいいかもなぁ、、、

と言うことは、穴子やうなぎのテリヤキや煮つめを使うメイラード反応させた料理も柑橘絞ると美味いかも、、、

 

 

まてまて、刺身の味付けを仕上げるのが先だった、、、

よし、この方が醤油が均一に切り身にまとわりつくので、

各自が醤油につけるよりおいしくなるはずだ、、、

そして最後の一切れは、

「このにんにくオイルを擦り込んだトーストにのせて食べてみてください、

邪道ですがこれはこれで少しなら美味いですよ」と言ってみよう

よしこうしてみよう。

しめしめ。。。

 

※白身の刺身なら、泡醤油や泡ソースが流行ってるのなら、

そのままやってもただの真似なので仕方ない、

海老と昆布出汁と塩の液体を泡状ムースにして、切り身にまとわりつかせ、

真っ白い刺身料理として提供して、

食べた後にほのかな甲殻類の香りに気付く刺身にしよう、、、甘鯛のうまみに似て非なるものになるだろう

でも2キレは普通通りに出した方がシンプルで良いだろうなぁ、、、

こういう具合に。